樹海とは言葉の投げ捨て場

個人的な自己嫌悪に他者がどう言おうが知ったことではない。だからこその告白であり言葉の死骸だ。思考材料にさせるつもりもハナからない。僕が人に「見せよう」が「見せまい」が、結局はテクスト論に従って読まれる側に委ねなくてはいけないのかもしれない。だが、それでも、いやこれ以上は言うまい。



同窓会、久しぶりなので楽しみにしていたんだが、急に行きたくなくなって来た。とは言っても行くことには変わりはないんだろうけど。どうしたものか。



成長が変化を意味するとするならば、自己の破壊的な活動を持って達成されるとするならば、過去の自分との一貫性を示すことが出来るのだろうか。示そうと努力するつもりはあまりないのだが、一貫性と信頼、信用は大きく関係していると思う。



一貫性と信頼を同時に表現するよおな器用さをあまり持っていないように自覚しているので悩んでいる。なんというか、本音の喋り方が下手というかそんな感じ。



でも、過去に引き摺られて、運動会の話を延々と話すつもりは毛頭ない。そんなもの、お正月に従兄弟と話し尽くした感があるし。自分の放つメッセージが果たして上書きとして映るのだろうか。それは僕には分からない。でも、僕は僕だし、過去なしでは今の僕はあり得ない。



まったく別人のような、皆が期待しているような、良い意味で期待を裏切れるのかについて全く自信がない。いつになっても非リアな時点で根本的に変われていないのかもな、と囁く声が聞こえるので、悪い安堵に身を任せそうになる。



という訳でfbのアイコンを予定通りに変えました。TLに表示されないようにしたにも関わらずめざとい方々によっていいねが...もう、しばらく東京で雪など見ないかと思ったので少しの間退行していたと思う。楽しかった。



とりあえず落ち着いた所で試験勉強に戻るとする。